創業140年の革新─“食”を核に地域とつながる新スタイル、ホテル八木の挑戦
2025.03.19

あわら温泉で140年の歴史を誇る老舗旅館が、時代の変化に応じて“ホテルスタイル”へと生まれ変わる──。その背景には、「地域の魅力を活かした食体験」と「お客様が自由にくつろげる空間づくり」という新しいおもてなしの形があります。本記事では、ホテル八木がどのように“食”へこだわり、地域と連携しながら新たな宿泊スタイルを築いているのかを探ります。今回は「ホテル八木」の代表取締役社長八木司氏にお話をお聞きしました。
インタビュー:ホテル八木の「食」と「地域」をめぐる物語
津田
従来の温泉旅館スタイルからホテル形式へシフトした背景を教えてください。近年の市場変化やお客様のニーズをどのように捉えられましたか?
八木司氏
当館は2023年に創業140年を迎えましたが、長い歴史の中でお客様のニーズは絶えず変化し、多様化してきました。特に近年はビジネスホテルの台頭や外資系ホテルの参入など、市場環境が大きく変わり、滞在のスタイルも大きく様変わりしています。
従来の旅館では「上げ膳据え膳」や「仲居によるきめ細やかな接客」が主流でしたが、最近は「自分のペースで自由に過ごしたい」「干渉されずリラックスしたい」という声が増えています。そこで、おもてなしの“形”に固執するのではなく、お客様が気兼ねなく、心地よく過ごせることこそが新たな“おもてなし”だと考え、ホテル形式へシフトしました。
津田
旅館文化とホテルサービスの融合において、特に意識されているポイントは何でしょうか?
八木司氏
私たちは「旅館の良さ」と「ホテルの利便性」を組み合わせた、“新しいおもてなし”の形を追求しています。客室では必要以上に干渉せず、チェックアウトまでスタッフが出入りしないことで、お客様にとっての“第二の我が家”や“別荘”のように感じられる完全なプライベート空間を確保しています。
食事では、自由度の高いビュッフェスタイルを導入し、従来の決まったコースではなく、お客様が好きなものを好きなだけ楽しめるようにしました。過度なサービスよりも、さりげない気配りと適切な距離感を大切にし、お客様のペースを尊重しながら快適に滞在していただくことを重視しています。
津田
ホテル化へのシフト後に得られた成果や、お客様の反応の変化を感じる点はありますか? 同時に直面した課題と克服策もお聞かせください。
八木司氏
旅館からホテル形式へシフトして最も大きな成功と感じるのは、お客様の自由度が増したことによる満足度の向上です。ビュッフェを導入したことで、自分のペースで好きなものを選べる楽しさが生まれ、好評をいただいています。
一方で、当初は従来の会席料理を期待するお客様とのギャップを感じました。そこで、私たちのスタイルを明確に打ち出すことで、「干渉されず自由に過ごせる」という新しい価値観に共感してくださるお客様が増え、リピーターも増加。“また帰ってきたくなる宿”というブランドイメージが確立しつつあります。
ビュッフェ運営面では、決まったメニューを持たないことで、仕入れや調理の柔軟性が求められる難しさもありました。しかし、その日最も良い旬の食材を仕入れ、食材に合わせてメニューを決めるスタイルに切り替えることで、常にフレッシュな料理を提供できるようになりました。
津田
ビュッフェ形式の運営で、他の宿泊施設と差別化を図るうえでの“こだわり”は?
八木司氏
当ホテルのビュッフェは「決まったメニューを持たない」スタイルが特徴です。市場で最も良い食材を仕入れ、新鮮な素材を活かした料理を随時考案しています。福井の豊かな自然が育んだ地元食材を積極的に取り入れることで、“ここでしか味わえない”特別感を大切にしています。新鮮さと旬にこだわることで、お客様に常に最高の味わいを提供できるのが私たちの強みです。
津田
料理のコンセプトを考えるうえで最も大切にしていることは何でしょうか?
八木司氏
「日本の旬を贅沢に楽しめること」が基本的なコンセプトです。そのうえで、ビュッフェスタイルであっても一品一品のクオリティを高め、できたてを提供することを徹底しています。食材本来の味を最大限に活かすための調理法や、視覚的な楽しさを加えた盛り付けなど、細部までこだわることで、単なる食事時間を超える“特別な体験”を演出したいと考えています。
津田
地元食材の選定や生産者との関係構築について、どのような基準や工夫をされていますか?
八木司氏
当ホテルは「その日市場で最も良い旬の食材を仕入れること」を最優先に考えています。固定されたメニューに縛られないため、新鮮さと品質を第一に、常に最適な素材を選べるのがメリットです。これにより季節ごとの変化を楽しめる柔軟なビュッフェを提供しています。
生産者との関係構築は、まだ課題の一つと考えています。今後はより多くの生産者と出会い、信頼関係を築くことで、地域の魅力ある食材をより深く知り、お客様にお届けしたいと思っています。
津田
地域とのつながりを大切にされているとのことですが、「金津創作の森」との取り組みでどのような効果が生まれていますか?
八木司氏
金津創作の森との連携により、宿泊を単なる“滞在”ではなく、地域の文化やアートを体験する機会へと広げています。具体的には、追加料金なしで企画展に参加できるサービスや、あわら市のレンタサイクルを無料で使える仕組みを整え、お客様が気軽に地域を満喫できるよう配慮しています。
これにより、「温泉+アート」「温泉+サイクリング」など、多彩な過ごし方が可能になったことが大きなメリットです。お客様からは「気軽にアートを楽しめる」と好評をいただいており、スタッフも周辺案内がしやすくなるなど、双方にとってプラスになる相乗効果が生まれています。創作の森からも来場者数増加の声をいただいており、地域活性化にも寄与できていると感じます。
津田
お客様に「また来たい」と思っていただくための、ホテル八木ならではの取り組みはありますか?
八木司氏
私たちが大切にしているのは「気兼ねなく過ごせる環境づくり」です。過度な干渉を控えながらも、必要なときにはサポートが受けられる距離感を守ることで、お客様それぞれのペースで滞在を楽しんでいただけるようにしています。
また、自由度が高い滞在スタイルを心がけ、食事や館内での過ごし方などをお客様の好みに合わせられる点も特徴です。季節ごとに変わるサービスや、金津創作の森とのコラボ企画など、リピーターの方にも常に新鮮な発見があるように工夫しています。
津田
スタッフの働きやすさやサービスの質向上のために、どのような取り組みをしていますか?
八木司氏
スタッフが心身ともに健康で働ける環境こそ、質の高いサービスの源泉だと考えています。そのため月間8~10日の休館日を設定し、従業員がしっかり休めるよう配慮しています。また、お客様アンケートをリアルタイムで共有し、現場での気づきや改善をすぐに行える仕組みを整えています。
柔軟なシフト制度を導入し、有給消化率の向上にも努めることで、ワークライフバランスを保ちつつ、スタッフのモチベーションを高めています。このように働きやすい環境をつくることが、最終的にお客様に満足いただけるサービスにつながると考えています。
津田
あわら温泉という地域に根ざす宿として、今後どのように地域活性化へ貢献していきたいとお考えですか?
八木司氏
地域外からのお客様に、あわらの魅力を“消費”していただくことが、地域活性化の鍵だと考えています。そのため、「隠れた魅力をいかに宿泊客へ届けられるか」という視点を常に持ち、地域を体験できる仕組みづくりに力を入れています。
具体的には、あわらの文化や食、アクティビティを楽しめるプランを充実させるほか、地元生産者やアーティストと連携し、まだ知られていない魅力を発掘して発信したいと思っています。宿泊の枠を超えて、“ホテル八木の付帯商品”として地域の魅力を提供することで、地域全体のブランド力を高め、相互に成長できるように取り組んでいきたいです。
津田
今後の展望や、これから挑戦したいことを教えてください。
八木司氏
私たちは、5年後や10年後を見据え、「世界中から愛される宿」を目指しています。旅館やホテルという枠組みにとらわれず、新しい宿泊体験を創造することが使命であり、お客様の声に耳を傾けながら常に変化に対応し続けたいと思っています。「また帰ってきたくなる宿」として、地域の魅力とともに成長し、お客様の期待を超えるサービスを提供し続ける──それがホテル八木のこれからの挑戦です。
おわりに
創業140年という歴史を持ちながら、常に変化するお客様のニーズを捉え、旅館からホテル形式へ大胆にシフトしたホテル八木。最大の特長は、自由度の高いビュッフェ形式や、必要以上に干渉しない接客スタイルなど、「気兼ねなく過ごせる」空間づくりにあります。さらに、金津創作の森とのコラボレーションをはじめ、地域と連携した取り組みを通じて、新しい宿泊体験の提供とあわら温泉の魅力発信にも貢献しています。
今後も「世界中から愛される宿」を目指して、お客様の声に寄り添いながら進化を続けるホテル八木。その“新しいおもてなし”の形を、ぜひ体験してみてはいかがでしょうか。