森とアート、そして地域が紡ぐあわらの魅力:金津創作の森美術館 学芸員インタビュー
2026.08.03
あわら市に根差す「金津(かなづ)創作の森」。ここでは、自然豊かな環境の中で、訪れる人々の感性を刺激するアート作品が数多く生み出されています。今回は、この森で日々アートと向き合い、その魅力を伝えてこられた学芸員の方千葉さんに、美術館を通して見えてくる「あわら市の魅力」について、対話形式でお話を伺いました。
津田 まずは、金津創作の森の根底にある理念についてお聞かせいただけますでしょうか。
千葉さん
初代館長である美術評論家の針生一郎氏の『森はあらゆる芸術の源である』という言葉が、今も理念として息づいています。この理念に基づき、開館以来、毎年開催しているのが、「アートドキュメント」という現代アートの展覧会です。私たちと同時代を生きるアーティストを森に招き、滞在制作を行い、制作した作品を展覧会で発表してもらうものです。アーティストが森に身を置いてその創造性に触れ、そこからインスピレーションを得て紡ぎ出した作品や展示空間は、唯一無二の特別な体験をもたらしてくれます。
津田 森という自然が、活動の核心にあるのですね。晴れた日だけでなく、雨の日にも美しさがあるとお伺いしました。
千葉さん
はい、晴れの日はもちろん美しいのですが、雨の日に葉の緑がグッと深く濃くなる風景も、実は見逃せないポイントなんです。季節や天候によって刻々と表情を変える森そのものが、アーティストにインスピレーションを与え、ここでしか生まれない作品を育んでいると感じています。
津田 雨の日の緑が深まるというのは、通な楽しみ方ですね。
千葉さん
ええ。あまり知られていないかもしれませんが、雨の日の森が見せる深い緑の表情は、見逃すともったいないほど。この森は天候に左右されない美しさを持っており、雨でもいいと断言できるほどです。四季の移ろいはもちろん、雨という気象条件さえもアートを引き立てる演出の一部として楽しんでいただけます。
津田 アートと自然は相性がいいのでしょうか。
千葉さん
非常にマッチすると思います。自然が織りなす情景の美しさに見とれ、森に身を置くことであっという間に時間が過ぎていく感覚は、アート作品を眺めているときの感覚とどこか似ている気がします。
私は福井県外出身ですが、全国的にみてもなかなか見かけない稀有な場所だと思っています。この広大な森の環境を日々守り、美しく管理する管理人の皆さんには、本当に頭が上がりません!(笑)。
津田 そうした森の魅力のほかに、あわら市の地域性や歴史といった地域資源を、作品や展覧会に取り入れることも大切にされていると伺いました。
千葉さん
はい、地域とアートの繋がりを意識した作品制作や展示を心がけています。例えば、美術館前に新設された彫刻家・久保寛子さんが手掛けた《Polaris》は、あわら市の鳥である「白サギ」をモチーフにしています。
久保寛子《Polaris》 2026年 撮影:浅野堅一
津田 「白サギ」がモチーフになった背景には、どのような意味があるのでしょうか?
千葉さん
芦原温泉がまだ葦の沼地であったこと、地下に息づく温泉の温かさから、この地で羽を休めていたという地域の言い伝えから着想を得た作品です。この作品を通して、観光客の方々に温泉の起源を想起していただき、この街への印象をより深いものにできればと。同時に、市民の皆さんが地域の歴史を再発見し、地元への愛着を深めるきっかけになればと期待しています。
津田 まさにアートが、この土地の歴史や物語を伝える大切な架け橋になっているのですね。そうした地域に眠る魅力や資源を活かした企画は、他にも展開されているのですか?
千葉さん
2026年に開催された彫刻家・久保寛子さんの展覧会では、久保さんが古代の造詣物から作品の着想を得ていることにちなみ、縄文時代に発掘されたあわら市の宝「玦状耳飾り」に着目した連携事業を企画しました。
単に作品を展示するだけでなく、その土地の歴史的な背景とアーティストの表現を交差させることで、アートを介して地域の歴史や文化に自然と触れていただく。そうした地域の新たな発見の機会を、これからも積極的に生み出したいと考えています。
「淺井裕介展 星屑の子どもたち」(2024年) 泥絵制作の様子
津田 市民の皆さんとの関わりについてはいかがですか?
千葉さん
2024年に開催したアーティスト・淺井裕介さんの展覧会では、大きな絵を制作するにあたり、約100人のボランティアを募り、約1か月をかけて一つの大作を作り上げました。市民の皆さんにも協力していただきました。こうして深く関わってくださった方は、自然と展覧会の魅力を周りに伝えてくれる広報マンとしても活躍してくださるんです!
津田 美術館は、地域に暮らす人々にとって、どのような存在であってほしいと考えていますか?
千葉さん
ありのままの自分でいることの心地よさや、自分を表現することの豊かさを思い出す、そんな場所であってほしいと思います。日々の忙しさから離れて一息つける、いつでも安心して帰ってこられる心の拠り所のような、自分の感性を素直に受け入れられる場所であってほしいですね。
加えて当館は全国的に見ても稀な文化施設だと思いますので、市民の皆さんや子どもたちが、自分たちの住む街の宝として誇りに思えるような場所にしていきたいです。
津田 この存在価値に、いつか子どもたち自身が気づき、この街をさらに好きになってくれたら素敵ですね。
千葉さん
まさにそうありたいです。子どもたちは、これからの未来の街を担っていく大切な存在です。生まれたときからこの金津創作の森が身近にあるという環境の豊かさを、ぜひ存分に肌で感じてほしいと思います。
当館では長年、市内の小学生と中学生を対象に創作の森へ訪れて、作品鑑賞と創作体験の両方を体験していただく事業を毎年行っています。多様な表現や価値観に触れるアート体験は、人の気持ちを汲み取る共感力や考え方、選択肢を豊かに広げてくれると思います。
自分たちのすぐ近くに本物の表現や創作に触れられる豊かな環境があるのだと知ってもらうこと、そして子どもたちが大人になったとき、「自分たちの街には創作の森がある」と、胸を張って誇れるよう、地道に活動を積み重ねています。
津田 美術館の軸となる現代アートは、時に難解に感じられることもありますが、どのように楽しんでいただきたいと考えていますか?
千葉さん
現代アートに対して分からないと敷居を高く感じている方もいると思います。分からないと身構えてしまうのではなく、面白いものとして受け入れ、新しい世界との出会いそのものを自由に楽しんでいただきたいと考えています。
そのため当館では、作品を一方的に鑑賞するだけでなく、対話型の鑑賞プログラムや、作家自身が講師を務めるワークショップなど、鑑賞のヒントとなる普及事業も大切にしています。
あらゆることに目的や意味、効率化が求められる現代だからこそ、その風潮が生む息苦しさのようなものをそっと解きほぐす力が、アートにはあると思っています。野外美術館にはさまざまな作品が点在しています。目的を持たず、時間を気にせず、森の中で作品と対峙する。その体験が、現代を生きる人々に、張り詰めた心をほどき、ありのままの自分に戻れるような、とにかく心地よい解放感を与えてくれると思っています。
津田 今後も、金津創作の森がどのような場所になっていくことを目指しますか?
千葉さん
現代アートの枠にとらわれず、今を生きる人々を刺激する多様な表現を発信し続ける、圧倒的にカッコいい美術館でありたいですね。展示の質はもちろん、デザイン性にもこだわり、全国・世界各地から多くの方に「足を運んでみたい」と思っていただけるような刺激的な挑戦を、これからも仕掛けていきたいと考えています。
同時に、そのカッコよさや凄さを、まずは地元の皆さんにこそ誇りに思っていただけるようにしたいです。現状では、市民の方々にとって当館がまだ少し遠い存在に感じられている部分も少なからずあります。だからこそ、身近な場所でいつでも本物のアートに触れられる価値を、そしてアートは遠い世界のものではなく、自分たちの日常と深く結びついているということを、私たちがもっと伝えていかなければなりません。
各地からアートファンが集まる場所であると同時に、市民の皆さんが胸を張って「自分たちの街には金津創作の森があるんだ」と自慢できる場所にする。そして訪れたときには、誰もが心をほどき、ありのままの自分に戻れるような心の拠り所でありたい。そんな、新しさと寛容さが同居する唯一無二の場所にしていきたいです。
おわりに
今回お話を伺って、金津創作の森美術館が、単に作品を展示する場に留まらず、地域社会と深く関わりながら、アートを介してあわら市の魅力を多角的に発信していることがよく分かりました。
地元の企業や歴史資料館、図書館といった多様な施設との連携、そして市民一人ひとりの声に耳を傾ける姿勢。これらすべてが、「あわらならでは」のユニークなアート作品や体験を生み出し、地域全体でアートを育む豊かな環境を築いています。
訪れる人々が、アートを通して地域に触れ、新たな発見や感動を得られる。そんな、地域とアートが共に輝く金津創作の森美術館の活動は、あわらの新たな魅力として、これからも多くの人々に親しまれていくことでしょう。
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